若江漢字 
絵画 克服される現在

2020年3月21日()〜7月26日(日)
A.M.10:00-P.M5:00(入館はP.M.4:30まで)
毎週:月・火・水曜休館
※当面の間営業時間を短縮して、17時閉館とさせていただきます。
入館料/一般700円、学生600円(小学生400円)

助成:公益財団法人 花王 芸術・科学財団


※会期が変更になりました。
現在開催中の企画展、「若江漢字 絵画 克服される現在」は会期を延長し、
7月26日(日)まで開催いたします。

※会期中、毎週日曜日には作家が在館しております。
※ブログをはじめました。美術館からのお知らせや日々の様子をお伝えします。

第一展示室

若江漢字 
絵画 克服される現在

 若江漢字は、これまで絵画の主題として都市文明の過去と現在の物語をテーマにした「都市の消息」や、西洋絵画史の非常に大きなテーマとしてある宗教画に取り組んだ「キリスト教絵画の試み」、また、絵画のテーマとしては既に使い果たされたと思われる「裸婦」が現代絵画のテーマとして成り得るのかを問う「なぜ今ヌードなのか?! 絵画の主題:裸婦」などのシリーズを完成させ発表している。本展では、社会や歴史に関わる様々な問題をテーマにした最新の絵画作品を展示すると共にマルセル・デュシャンの作品、通称《大ガラス》や《遺作》についての新解釈を絵画として再構築し合わせて展示する。

  若江は過去、自身の展覧会(2012年)に寄せる言葉として、これからの絵画の有り様について次のように語っている。

 私はポストモダニズムの絵画のあるべき姿を「セザンヌ以前」と漠然と感じているが、それは作品それ自体が目的の自己表出形のモダニズム絵画ではなく、作品に内包された理念が直接社会に役立つシグナルをはらんだ芸術のことである。
 絵画は目の楽しみだけでなく、隠された意図や目的や狙いが内蔵されており、未来の思想が先取りされていなければならない。既に作品それ自体が目的のモダニズムの時代は終わっている。

 また、約100年前に《大ガラス》を制作し、当時最も前衛的な存在であったマルセル・デュシャンは、近代絵画について網膜的過ぎると批判し、次のような言葉を残している。

「クールベ以来、絵画は網膜に向けられたものだと信じられてきました。誰もがそこで間違っていたのです。網膜のスリルなんて! 以前は、絵画はもっと別の機能を持っていました。それは宗教的でも、哲学的でも、道徳的でもありえたのです。…」
(デュシャンは語る / ちくま学芸文庫)より

 表現自体が主たる目的となった現代の絵画は、ともするとその奇抜さや心地よさなどの極めて主観的な部分で語られる事が多い。その事が却って絵画の持っていた本来的な力を弱める事となり、結果的に充足感の乏しさや、閉塞的な息苦しさを生んでいるのでは無いだろうか。
 展覧会を通し若江は、こうした現状を克服する手段として、一過性の網膜的な喜びとしてではなく、持続的な充足感へと繋がる思考や探究心を誘発する仕組みを絵画の持つ社会的な機能や使命の復権によって取り戻そうと試みている。

 

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